「りびんぐゲーム」


星里もちるというマンガ家には関心がなかった。



しかしそれにしても、スピリッツ誌を一時期ずっと読んでいたはずなのに、「ハーフな分だけ」「りびんぐゲーム」「結婚しようよ」どれもほとんど読んだ覚えがなかったことに驚いた。雑誌を買っていたのに全く読まなかったのか。
でも「りびんぐゲーム」の数回分はかすかに読んだ記憶があった。悪い印象はなかったが、それ以上でもそれ以下でもなかったはずだ。それなら読んでいておかしくはないが・・・。浦澤直樹氏の「YAWARA!」や「Happy!」は、一時期飛ばして読まなかったので、それと同様な扱いをしていたのかもしれない。そういえば、ラブコメは嫌いだったかもしれない。今も嫌いだ。
そもそも「鉄子の旅」の菊地直恵さんの師匠が星里もちるさんだとかいうのでにわかに気になって、初期の作品がエンターブレインから新装版で出ていたことも気になっていたので読んだだけのことだったが。


いやあ、しかし、我慢して読んで良かった。
とりあえず、「りびんぐゲーム」すごい。今にしてさらに、今だからすごいということがわかる。1巻から傾いて取り壊しになるビルが出てくる。その原因が建築家による耐震偽装なんということであったらもちろんぶっ飛ぶのだが、さすがにそうではない。しかし建築業界のおかしさをあばこうとか何とかいうのでなく、生活者の実感として住居探しや住居選びの難しさを描く際に、ひょっこり「さすがにここまではありえない」フィクションとしてだけ描かれたであろうことが現実をある程度先取りしていたことに、作家としての鋭さを感じる。
実はお話しの筋としては、どちらかというと「心の居場所探し」(「自分探し」に近い気恥ずかしさ満点ですな)がメインなのだろうけれど、そのことが実際の住む場所、働く場所、具体的に住居や会社となる建物、部屋といったものから、東京や、千葉というような場所のことに関わってくるあたりの切実さが絶妙だ。フィクションの「ありえなさ」と、「いつでもどこでもありえること」との配合がけっこう絶妙。伏線の張り方などたぶん読み巧者にはベタなのだろうけれど、昔の私にはそれがどうしても気になったのかも知れないが、いいじゃない。


私の現在の最大の関心事のひとつが建築、住宅建築で、そのせいもあるけれど、星里もちるさんの作品の現実との距離感は、面白い。


ただ、気になるのはどの作品も登場人物がいい人だらけ、主人公も周囲もそれぞれ個性的で、しかし顔は類型的ではないにしてもキレイめのひとばかり、しかも何らかの意味で有能な人しか出てこないということに現実との限りない距離を感じなくはない。しかし私のつきあいの範囲のひとたちもほぼ個性的で面白い有能ないいひとばかりなので、全く不思議ではない。
しかしふと、自分も星里もちる氏も、そういうひととしかつきあわないテクニックの持ち主なのかと思う。さらに、私の場合は数年前独立して自営になるまでは、仕事が出来ないためにゆがんでしまう人がたくさん周りにいた。
マンガ家って自営業で、売れっ子になっていくひとの周囲には有能なアシスタントしか残らないよな、なんて、残酷なことを考えた。だから、勤めていた頃、スピリッツを読んでいた時には、飛ばしていたのかも知れない。
しかしそれでも、優れたフィクションだと思う。