私は誰だ? 2

「美味しゅうございました」というのは円谷幸吉さんという方の遺書の中で印象的に使われている文句。1968年の年頭に記したものらしい。私が1歳の頃。
最近なぜかこのフレーズが頭に浮かんでしょうがない。しかも、つい、常談として使ってしまいたくなる。
ずっと以前に「料理の鉄人」というテレビ番組で岸朝子さんという審査員のひとがよくこのことばを使っていたので、軽口にしたくなってしまうのだろう。この番組は、嫌いではなかった。
円谷幸吉さんに関して検索してみるとこの悲しいひとに関するエピソードを読むことが出来た。軽々しく書くことを許していただければ、その心情は容易に想像できる。
自殺するひとのことは、以前より共感的に想像しやすくなった。自分が弱いと書くことは見苦しいことなのだろうが、弱いのだ。
円谷幸吉さんが弱いというのではない。ひとりのひとというものが、多くの人に支援されそれを感じていてさえ、乗り越えられないような、まるで罠のような状況に陥るようなことがあったのだろう。人間というものの不確かさ。
そういう状況に私も陥りやすいようであり、あるいは誰でもそうなのだろう。しかし、たまたまそういうことに遭わずに済むことの方が多いかも知れず、あるいは、私も過保護で育ったクチなのだろうか。


今日(昨日)は、「足利事件」で有罪、無期懲役が「確定」し、すでに18年収監され続けている受刑者の有力な証拠だったDNA鑑定の精度が低く、あたらしい鑑定では犯人のものとは別人とされたというニュースを見た。あんまりだ。


テレビのバラエティで、第2次世界大戦のときに杉原千畝さんという外交官のひとが上司の命令に背いてとんでもない数(6,000人)のユダヤ人にビザを発給し、彼らを救ったという話を見た。以前にも見たことがある。「シンドラーのリスト」の話に近いらしい。
ナチスのために戦闘行為ではなく、拉致され殺された人の数は、いかほどだったか、この番組の中でも言っていて、聞いたが忘れた。数百万人?
原子爆弾の投下や東京・・・人口密集地域への爆撃、また、指揮官のおかしなおこないによる無駄死になどなど。
利己的な「経済活動」しかもそのことに無自覚な、のために新たにその経済活動に参入した途端により貧困の度合いを強め、しかも精神的伝統も失うような、多くの非西欧の地域の人々の生活、文化。


そういうひとたちほどのことはない私の生活も、なんだというのか。
なにか腹立たしい。私も、生きている意味がそれほどないような気になる。
疲労で知力が衰え、脳内物質も良くないことになっているだろうと容易に想像できても、うすれはしても口の中から容易に消えない苦さのような徒労感は変わらない。