「風雲児たち」

風雲児たち (1) (SPコミックス)

風雲児たち (1) (SPコミックス)

画像では1巻を使ったけれど読んだのは幕末編の1冊を含む3冊のみ。

しかし、いい。素晴らしい。
愛国心がどうのこうのとか、美しい国とか政治やさんたちが言っているが、表層的、盲目的に自分の国だからと国を愛し、自分たちが選んだ政府だからとおかしな政策でも屁理屈で自ら合理化し無理に納得し、いうこときいてくれる国民を望んでいる・・・と、いうようなことばではなく「国益を考え自ら行動できる国民」などということばになるのだろうが、まあ、そんなゆかいな政治やさんと気が合いそうなのが現在の若年知識層に増えつつある「愛国者」層で、ただし美しいとはお世辞にもいえないおかしな言葉でわめいているが、どれほどの知識を元に・・・などと世界情勢に興味を持ち始めて数年しか経たず歴史については最近ようやくいくばくかの知識を得始めたにすぎない私ごときに言えたことでは、ない、が。
と、馬鹿にしてみたものの、知人にも若干いる嫌韓、反中愛国的な人物もその点を除けばさほどおかしなわけではなくむしろ真っ当な行いが多いと思われる。学生や社会人としてどちらかというと誠実な人間がなにがしかの世界に対する疑問を感じてそのような言辞に飛びついているのだろう。案外ちょっと前の社会主義的な青年層に多かったタイプが、環境の変化のために今時はプチ保守になっているのではないかとか思ったが、本人たちには絶対納得はされないだろうし、さらにワタクシがその「ちょっと前の社会主義的な青年層」のはじっこのほうでくすぶっていたひとりのようでもあり、はじっこにしかいなかったことを幸いにこんなことを書いているようでもある。
また、最近世界史という教科が高校の履修問題で話題にのぼり、なるほど世界史を学ぶことは重要だといまになって思っている私は感慨深いが、さらに日本史が必修であったかどうかもワタクシ知らないがどちらも学ぶべきだろう、ワタクシも学ぶべきだったと思いつつも学ぶときにリアリティがあらまほしく、概して教科として教えることになると、なんというかビニールハウスの骨組みだけのようなことになるような気もしないでもなく、そんなときにこの「風雲児たち」ほど優れた日本史副読本はないのではないかと、有為のプチ保守の若者たちにも是非読んでもらいたいものだと、思う次第だ。

みなもと太郎さんは、なんとこの作品以外では「ホモホモセブン」が知られているというお方らしい。マンガの絵柄は「風雲児たち」というタイトルから想像するより、「ホモホモセブン」という言葉から想像するにふさわしい、二等身とか三等身とかそんな感じの・・・。
しかし表現がそのことでおちゃらけてしまっているだけではなく(「おちゃらけてしまっているわけではなく」ではない)、そのことで惑星の表面の水のないところにへばりついて生き続けてきたワタシタチのたくましさが抽象化されているようでもある。
歴史上のできごとの何を描くか、また、どのような視点からとらえるかという点で、小さめの事件が大きくとらえられていたり、大きな事柄でもとらえる視点が市井の庶民であったり、自在に変化し、そのことでかなり歴史を鮮やかに復元することが可能になっていると思われる。その点で、私は歴史に関してさほど読んだことがないのではあるけれど、いままで触れた歴史に関する知識のアーカイブとして、マンガの中でのみならず、最も優れていると思う。
もっと物語的に完結しているもので、安彦良和氏の「ジャンヌ」は世界史の断片を鮮やかに切り取っており(途中までしか手に入っていないのだけれど)日本の教育を受けた私が世界史について知り得た最も鮮やかな断片でもあり、これは逆に歴史の時間の流れの中に入っていく感じがするものでもある。同様に優れたものには現在進行中の岩明均の「ヒストリエ」や、幸村誠の「ヴィンランド・サガ」なども挙げられる。これらに対して「風雲児たち」の構成は、ある意味「マンガ日本の歴史」的なものに近く、さらに「マンガ日本の歴史」的なもの以上に端折るところは端折り、詳述する点は細かく変化して、歴史を鳥瞰するような視点と庶民の目線を往復している。そのことで歴史が有名なエピソードの連続などではなく、そこに生きてきた人数分のエピソードもどこかで息づいている、実に巨大な流れとして実感できるような・・・。
ある部分で西洋の暗黒の近代史を、当時の日本との対比も含め数ページで見事に要約している。ちょっと想像すると、ここで要約された部分が実は現在の世界、しかも西洋以外に最も大きく陰をおとしつづけている不幸に決定的に関わっているということもわかる。さらにそのこととの対比でこの日本という国も鮮やかに浮かび上がってきている。興味をお持ちになった方は「幕末編」ではないほうの「風雲児たち」3巻を読んでほしい。
若干の知識さえあれば、もしかしたらテレビしか見ない人でも、途中からでも、おそらく読み始められるし、楽しめる歴史書でもある。