ガーシュウィン、バーンスタイン、ハチャトゥリアン

ガーシュウィンは、フィギュアスケートを見ていて、キム・ヨナの曲は「ピアノ協奏曲」らしいけどどの曲だろうと思っていたら「ヘ調のピアノ協奏曲」だったということから。今ちょっとYouTubeで見てみた。
ガーシュウィンは、ロサンゼルスオリンピックのオープニングで、何十台ものピアノで「ラプソディー・イン・ブルー」を弾いているのを聴いて、ゆっくりとした中間部にうっとりとしてから好きになった。大学の英語の授業で吹き替えなしで映画を見るというものがあって、「パリのアメリカ人」を、フレッド・アステアと、誰だったかな・・・ふたりのダンスとともに観た。あの、わくわくするような音楽と、ダンス。
ガーシュウィンという人も気になってくる。「パリのアメリカ人」はわからないけれど、「ラプソディー・イン・ブルー」のオーケストレーションは確か誰かにやってもらったもののはずで、そのあたりはあまり得意ではなかったらしく、ラヴェルストラヴィンスキーに教えを乞うたけれど断られたとか、そんなエピソードがあったような気もする。そのあたりのはなしは、頼んだ二人の名前だけでわくわくするような話しでもある。「ヘ調のピアノ協奏曲」つまり「Concert in F」は、ガーシュウィン自らオーケストレーションまでやったはずで、その曲を一度聞きたいと思っていたところでFMでかかったものを、エアチェックしたテープがまだある。「ラプソディー・イン・ブルー」や「パリのアメリカ人」とはちがった、スケールの大きさや構成の落ち着いた感じがある、などと思って、けっこう好きだった覚えがある。
そんなことを思いながら見ていたらキム・ヨナ転倒。


YouTubeで次に見たのはバーンスタインの「キャンディード」、序曲かな。自演、指揮ぶりが楽しい。
バーンスタインは「アメリカ」・・・「ウエストサイド物語」の中の曲かなあ、を、2度ほど弾いた事がある。マンドリン合奏で。幸せな体験だったなあ。「ウエストサイド物語」、一度は見なきゃならないだろうか。


しかし、それにしてもどうしてこういう音楽が私の心をとらえるのか。
似た感じのもの、チャイコフスキードヴォルザーク? それらは好きだけれど・・・それらにはない、市民のたくましさ、か。時代は動く。市民ってなに?
でも、そうだ、ハチャトゥリアンがいる、と思い出した。「スパルタカス」の音楽、浅田真央で有名になった「仮面舞踏会」、「剣の舞」があまりにも有名な(たしか20世紀にもっとも多く演奏された、しかも圧倒的に、というオーケストラ曲ではなかったか)「ガイーヌ」。
チャイコフスキーにもプロコフィエフにもショスタコーヴィチにもないものがハチャトゥリアンにあって、それがガーシュウィンバーンスタインにもつながるのではないかと思ったが、何故だろう。


なぜかビゼーを思いだしはしたけれど、ガーシュウィンバーンスタインにつながるにしても、何か関係のない話しも出てくるような気がした。「血」、という言葉が浮かぶ。
そして、「民族」かなあ。そうなると、ビゼーはすこし関係がうすくなるのか。それなら、ハチャトゥリアンの「民族」と、ガーシュウィンバーンスタインの「民族」はちょっとちがう話しになるが・・・というところで考えはゆきづまってしまうものの・・・。
単に、メロディーに何か似ているところがある気がしたのだった。しかもゆっくりとした切ないメロディーが心に残るところ。重い感じ。
最近「オペラ座の怪人」を合奏で練習していて、いまでさほど興味がなかったこれが案外面白い気もしたが、ガーシュウィンバーンスタインほどには今のところ興味がない。アンドリュー・ロイド=ウェバーを思い出してしまったら、それはそれでほかのいろいろな人も思い出さなきゃならない気もする。ニーノ・ロータエンニオ・モリコーネ・・・「ニュー・シネマ・パラダイス」は、もう20年も前なんだな。