武満徹さんについて 1

武満徹 その音楽地図」という本を読んでいる。PHP新書
武満徹さんに関するものといえば、むづかしいような本がいくつかあるはずで、それらもいつか読んでみたいと思うが、図書館で今回は新書版のものを借りてくることにした。
この、むづかしいようでおそらくやさしい音楽家、作曲家は難解さをよしとしていたわけではないだろう。この本の内容はそのあたりを巡って書き始められている。


混声合唱のためのうた」は、そういう意味のわかりやすい例で、はじめて聞いた頃の印象は強い。


最もよく知られている武満の曲、今はどうなのかはわからないが確か一時期は中学校の音楽の教科書にも載っていた「ノヴェンバー・ステップス」という曲で、大きなオーケストラを細部までコントロールしていたのは、聞き慣れた感じの、規格がはっきりとした部品を用意し、規則的に大きく組み立てていくような、ベートーヴェンのものとは違う、しかし完全に絶縁していたわれではないかもしれない原理によるものだろうと思われ、音色の手触りのようなものが、普通は音階のうごきに塗り絵のような彩りを添えるように使われているのに対して、この曲では見慣れた楽器が集まって出す響きから聞き慣れない音色が生まれるし、いつもはともに鳴ることのなかったちがう文化のなかで使われてきた異質な楽器の響きも加わり・・・西洋のオーケストラに、東洋、日本の尺八と琵琶の独奏が加わった編成の音楽なのだが、全体では、おそらくもはやどちらでもない不思議な時間の流れを作っている。
あれは、なんだったのか。
簡単に何かを言うとすれば、自然に近い音楽で、この曲ではオケと邦楽器のどちらが主役かというと、邦楽器の琵琶と尺八のほうかなあ、と思う。琵琶と尺八は日本の人間が鍛えてきた(?)音を出す。それは、西洋よりは自然に近い行き方、というよりは、考え方のなかでうまれた音だろう。この音とともに鳴る音、オーケストラが響かせるのは、風や水の音、大気のうごめき。
とはいえ、人間から離れるわけではなく、尺八の音も、風の音であり、しかしそれは人間がとらえたもので・・・西洋の多くの音楽とのちがいは、集団の動きを鼓舞するような種類のものではないということか。孤独な響き、しかし、群衆が同じようなことを話し始めるより、多様で豊かな響きだとも言える。


「小さな空」を聴く。YouTubeにも数多く投稿されている。
混声合唱のためのうた」のなかでも、特に小さく単純で美しい曲という印象があるけれど、実際は簡単なものではないらしい。
歌詞も読むことが出来た。著作権関連がよくわからないので、引用したい気もするがやめておこう。武満自身の詩のようだ。
武満の30代半ば、1962年の曲、もとはラジオドラマ、しかもマンガ原作の西部劇のドラマ化作品の主題歌だったようだ。
もはや、そんな経緯が思い出されることもなかなかないだろうが、Googleで検索して上位に来るのですぐわかったこの来歴を書いたサイトの方が書いているように、このエピソードもまた印象深い。


冒頭に書いた新書を借りるきっかけとなったのも、このうたに関するエピソードが書かれているのを図書館の本棚の前で立ち読みしたためだ。
引用はある程度著作権的に認められているはずであり、この程度はその範囲内だと思うので、抜き書きしてみたい。まず、前段の要約から。
児童自立支援施設で音楽を教えている著者の友人の方が、なかなかうまくいかない授業がつづくなか・・・子どもたちは、好きな、新しい音楽を聴いていたいだけなのに、なぜ古いうたなんか歌わなければならないのか、という感じだったらしいが・・・ある時、「小さな空」を、みんなで歌う前にまず、ひとりでうたってみせたらしい。すると、
「うたい終わってもしばらくしんとしている。どうしたことかと眺めてみると、一斉に目に涙をうかべているのだ。」
ここまで読んだところまでにはその理由は書かれていないものの、なんとなく、空気が想像できて不覚にも涙がうるんできてしまった。曲も、なんとなく、思い出されてきた。
「子どもにとって「どんな親」でも、「自分にとって愛情を示してくれた一瞬」があり、後生大事にその一瞬だけを「記憶」としてたずさえて生きている子が多いです。武満さんの「小さな空」には、そういう「一瞬の幸福」を大事にする心がある、ともいえるでしょう。だから、涙が溢れるんですね」
あくまでも想像のことだというが、もちろん的外れではないだろう。
「彼らは、生きてきた人生の95パーセント以上が、地獄だった子が多い。虐待に虐待を重ねる親でも運動会の時、最初で最後、子どもに弁当を作ったとか、そういうこと」
(少し構成を変えてしまった)


さて、この先に、「ノヴェンバー・ステップス」などと、「うた」が対象的だということについて考えて見たいような気が、ふつうにしていたのだけれど、とりあえずこの辺で。


そういえば、今日は父の命日だ。一年前の夜遅く、だった。
一周忌だというのに間に合わせのように思い出して、きっと生前のようにいまいましい顔をするだろう。

武満徹―その音楽地図 PHP新書 (339)

武満徹―その音楽地図 PHP新書 (339)

翼 武満徹ポップ・ソングス

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