「バルセローナにて」

バルセローナにて (集英社文庫)

バルセローナにて (集英社文庫)

堀田善衞というひとを知ったのは宮崎駿に関係してだった。宮崎のアニメ作品のムックに何故かこの人が寄稿し、「アニメーションに関しての雑誌から原稿を頼まれるなどと言うことは考えもしなかった。」などと書いて異彩を放っていた。後には宮崎と司馬遼太郎、堀田の3人で対談が実現し、文庫本で読むことができた。宮崎の世界認識に影響を与えたひとりかとも思ったのでもあった。
はじめは高校のときだったか、「情熱の行方−スペインに在りて」と言う岩波新書を読んだはずだ。以来20数年、最も長い間愛読してきたのはこの人の作品ということになった。当時最も熱中していたのは筒井康隆で、最も多く読んだのはこの人の本だ。しかしここ数年読んでいない。大江健三郎にとりつかれたこともあったが・・・。宮崎やジブリアニメの新作さえ見なくなって久しいが、このひとの著作は読み続けている。
ゴヤ」という長編が知られているが、その取材もあってスペイン在住の時期が多く、この国を題材にした著作が多い。堀田の著作を、また読書そのものもなのだが本当に少しずつしか読んでこなかったのだけれど、最近はスペインに関係した物をまとめて読む意欲に恵まれた。これは幸せなことだった。

西欧の歴史に関して自分がこれほどまでに無知であったか、という無知の程度というのを最近実際に少しでも知識に触れて少しずつ思い知っているのだが、殊にスペインという国に関してはその歴史上の重要性を考慮すると特に空虚だったかもしれない。
神聖ローマ帝国と十字軍、宗教改革前後のドイツ地方を中心とした流れ、フランスを中心とした市民革命前後の動き等に関してもおぼろげに知っているだけではあるが、「新大陸」の発見と植民地時代の始まりが、つい少し前に統一が成されたばかりのカトリック国家としてのスペイン二重王国からであったあたりのことなど、知るよしもなかった。はたして歴史の教科書の中ではどれほどのスペースをとったものであったか、そのことに関して数100ページも読書できたことはある種の僥倖だった。世界と人間というものについて理解を深めるために。

この、イギリスに覇権を引き継ぐ世界巨大帝国の礎はアッという間に築かれた感があるようだ。二重王国というのはアラゴン王とカスティーリア女王の婚姻によって成立した物であり、この夫婦が卓抜した政治力、軍事力を持ってモーロ(アラブ)人のイスラム帝国グラナダより駆逐し、「レコンキスタ(国土恢復)」がいちおう完了したときは、それが開始されたという8世紀から800年あまり経過した物ではあったらしい。このふたりは特定の居城を持たずに国中に問題地域があればそこへ向かい、テントを張って(!)居住して問題解決を図り、統治し、体制の基礎はここで築かれたらしい。このときの制度がほぼそのまま守られたのであったならば、世界の現在も全く違ったものであったかもしれないものでもあったようだ。
あるいはチンギス=ハンが思い出されるかも知れないが、実際に統一スペインを成した民族の主な産業は羊の群を追う遊牧であったという。あのロドリーゴの「ある貴紳のための協奏曲」の「貴紳」とは貴族である遊牧民(?)のことであったのだろう。巨大な羊の群は優先通行権を持っており、そこが耕作された畑地であろうとおかまいなしで、この群が通った跡に残された農民は都市に行って乞食になったか、自殺したとまで言われるという。そうしてアラブ人が耕作し豊かに育てたはずの国土は荒れ果て、それが回復しはじめたのは20世紀だというのだ!
ただし国土統一を果たした夫婦が責められるべきかというと若干怪しく、この夫婦の娘が形式上は女王として跡を継いだことになってはいるものの・・・。女王が没した後、その孫に当たる王の時代にスペインは最大の版図にまで拡がるのではあるが、その最大の面積をもたらした中南米地域における残虐行為は欧米の植民地政策史上最悪のものであり、このあとのイギリス、フランスなどのそれは、これと比較するとずいぶんと人道的であったなどとまでいわれ、正当化されることすらあるらしい。
さらにこの侵略では現地王国の財宝等根こそぎ略奪されたらしいが、またそれは祖国に豊かさをもたらすことはなく、当のスペイン本国の国土は以前より荒れ果て、貧しくなったとさえいう。

もう一つ記憶されるのは20世紀に、西洋では未曾有の大戦があったのだが、スペインでは内戦がおこっていたこと、ヒトラームッソリーニがいなくなったあともフランコは生き続け、ファシスト政権は私が生まれた後の、今から30数年前までも続いていたこと。そしてその内戦というのはそのヒトラームッソリーニに支援を受けたファシストと、ソ連に支援を受けた共和軍、さらにアナーキストというひとたちが、共和軍とアナーキストがどちらかというと連合しいファシストにあたったようだがこれらが対立し三つ巴になったことすらあったという・・・。

この「レコンキスタ」以来のスペイン、さらに20世紀の内戦とその後のスペイン、いずれもある種の驚きをもって読むしかないのだが、それらについて堀田善衞はいくつもの著作で取り上げている。そのいくつかを読んだ一段落といえるところで「バルセローナにて」を、読んだ。3編が組になった、ほぼ現実をもとにしたエッセイとも言える物のようだが、これが最も小説的で鮮烈な印象を与える。
予備知識として、ずっと前に書かれた岩波新書の2冊、「スペイン断章−歴史の感興」「情熱の行方−スペインに在りて」、(集英社文庫では「スペイン断章(上)−歴史の感興」「スペイン断章(下)−情熱の行方」)と、なっている)を読むといいかも知れないが、1冊だけなら「バルセローナにて」かもしれない。読む者はその国土と歴史を詩的に旅することになるだろう。

スペイン断章〈下〉情熱の行方 (集英社文庫)

スペイン断章〈下〉情熱の行方 (集英社文庫)